大分地方裁判所 昭和60年(行ウ)5号 判決 1988年8月29日
原告 神谷悦二
被告 佐伯労働基準監督署長
代理人 金子順一 早田憲次 松村香 ほか六名
主文
被告が昭和五六年一二月一〇日付で原告に対してなした労働者災害補償保険法による休業補償給付を支給しないとの処分を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原処分の存在
原告は、昭和一二年八月二四日生の男子労働者であり、昭和五四年九月一四日から昭和五五年一二月まで有限会社城井興業(以下、「訴外会社」という。)に就業し、大分県津久見市の東裕鉱業四浦鉱山(以下、「本件現場」という。)においてけい石採掘作業に従事していたものであるが、昭和五六年四月一〇日大分労働基準局長からじん肺法に基づくじん肺管理区分「PR2F管理三(イ)合併症(続発性気管支炎)療養(要)」の決定を受け、症状確認日昭和五六年二月二三日をもつて、労働基準法施行規則三五条別表第一の二の五所定の疾病(粉じんを飛散する場所における業務によるじん肺症又はじん肺法に規定するじん肺と合併したじん肺法施行規則第一条各号に掲げる疾病)として業務上認定され加療を受けている。
右決定を受けた原告は、同年四月一七日、被告に対して、労働者災害補償保険法(以下、「労災法」という。)に基づき訴外会社が最終粉じん職場であるとして、同年二月二三日から同年三月三一日までの休業補償給付支給請求を行い、以後同年一二月一日まで八回にわたり、訴外会社を最終粉じん職場として、同年一一月三〇日までの各月分の休業、補償給付支給請求を行つたところ、被告は同年一二月一〇日付で、訴外会社が原告の労働者としての最終粉じん職場であるとは認定できないという理由で、原告に対して右各請求にかかる休業、補償給付はいずれも支給しない旨の決定(原処分。以下、「本件処分」という。)をなし、右処分は昭和五七年二月八日付で原告に対して通知された。
2 審査請求等の経過
原告は、本件処分を不服として、昭和五七年四月五日、大分労働者災害補償保険審査官に審査請求をしたが、同審査官は同年一二月二七日、右審査請求を棄却する旨の決定をした。原告はこれを不服として、さらに昭和五八年二月二三日労働保険審査会に再審査請求をしたが、同審査会は昭和六〇年四月二二日、右再審査請求を棄却する旨の裁決をし、同年五月二七日ころ右裁決書謄本が原告に送達された。
3 本件処分の違法性
本件処分は、要するに原告は訴外会社の労働者ではなく同社の下請人であるとして労災法による休業補償給付は支給しないというものである。
しかしながら、以下の事実に照らせば、原告が訴外会社において、労災法の適用を受くべき労働者(労働基準法九条所定の労働者の定義と同義であると解すべきである。)であつたことは明らかであり、被告のなした本件処分は、原告についての労働者性の認定、判断を誤つた違法なものである。
(一) 原告は、訴外会社からの仕事の依頼、業務従事の指示に対し、諾否の自由は原則的にはなかつた。
訴外会社が原告に対し仕事の依頼、業務従事の指示を行えば、訴外会社と原告との関係では原則的には断われなかつたといえるからである。
(二) 原告は、業務従事について訴外会社との契約上、時間的、場所的拘束を受けていた。
原告及び原告とともに訴外会社で就業をした四名の者が就業に先立ち、原告の自宅で訴外会社の社長である訴外城井一見(以下、「城井」という。)契約条件等について話し合つた際、城井から、勤務時間は午前七時三〇分から午後四時三〇分までと提示され、原告の就業期間中その通り守られてきた。また就業場所についても、本件現場と確定され、拘束されていたことは明らかである。
(三) 原告は作業遂行にあたつて、訴外会社から一般的な指揮監督は勿論、具体的かつ直接的指揮監督を受けていた。
城井は、月に三回程度、日にすると月に六日程度原告らの作業現場にやつてきて、原告らの作業遂行について直接的かつ具体的な指揮監督を行つており、それ以外にも原告を大分市所在の訴外会社本社事務所に呼びつけたり、訴外会社本社事務所から原告らに電話をするなどして、直接的かつ具体的に指揮監督をしていた。そのうえ原告らは訴外会社の本件作業現場の責任者であつた訴外後藤某からも指揮監督を受けていた。
(四) 原告は、訴外会社から給与名目の金員を受け取り、作業に従事していたにすぎないから、経済的損益計算の主体になつていなかつた。
また、原告が訴外会社から受け取つた金員は労働の対価であつたというべきである。労働の対価は、必ずしも出勤日数と比例しなければならないものではない。頭脳労働、技術労働の場合、優れた頭脳、技術を持つていれば、これらのものも含めて労働の対価として金員が払われるのである。原告の場合も、鉱山で火薬類を扱うことができる資格を持ち、鉱脈を見る目という優れた技術を有していたのである。従つて、これらの資格料、技術料を加味して、それらの総合的な労働の対価として金員が支払われていたのである。
(五) 作業に必要な器材、器具、資材等のうち原告が自らの責任で調達したものは何一つなくこれらはいずれも訴外会社の所有あるいは訴外会社の元請人である株式会社東裕鉱業所有のものであつた。
(六) 原告と一緒に本件現場で働き出した四名の者のうち、松尾孝道及び竹田信雄については、被告自身労災保険給付の関係で訴外会社の労働者であると認定しているし、他の者も労働保険審査会の本件裁決において訴外会社の労働者である旨認定されている。
これらの者と原告との差異は、原告だけが鉱石採掘の経験が豊富で技術が優れており、そのことから他の四名の者を指揮監督する仕事をもし、賃金が高かつたという点のみであり、その他の就業実態については他の者と大差はなかつたのである。
原告も、これらの者と同じように訴外会社の労働者であつたことは明らかである。
4 以上のとおり、本件処分は原告についての労働者性の認定判断を誤つた違法なものであるから、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1及び2の事実は認める。
2 同3の冒頭部分のうち、原告が訴外会社において労災法の適用を受くべき労働者であつたとする点及び本件処分が原告についての労働者性の認定、判断を誤つた違法なものであるとする点は争う。同3(五)の事実及び同3(六)のうち松尾孝道、竹田信雄が訴外会社の労働者であつたとして労災保険給付を受けたことは認めるが、同3(一)ないし(六)のその余の事実は否認し、主張は争う。
三 被告の主張
労災法の適用を受ける「労働者」とは、使用者との支配従属関係の下で労務を提供し、その労働の対価として使用者から賃金の支払を受けるものであると解すべきところ、以下に述べる訴外会社における原告の就業実態等に照らすと、原告は労災法の適用を受くべき労働者に該らないから、本件処分は適法である。
1 原告は、昭和五四年九月一四日、城井の依頼を受け、訴外会社の本件現場に就業したが、右就業に際しての条件は原告において毎月必要なだけの鉱石を責任をもつて採掘することで、その採掘量は毎月二五〇〇トン以上であるというものであつた。そして、原告が右条件以外に労務を提供するかどうかについて拘束されることは全くあり得ないことであつた。
また、原告は自己の選任した知人等四名を伴つて本件現場に就業したが、原告及び他の四名の報酬は、グループ全体の出来高をもとに総支払額を算出し、これを各人の就業日数に応じて配分することとされていた。ところが、原告については、現実の就業日数にかかわりなく、最高の就業日数の者と同一の報酬が支払われることになつていたのである。このことは、原告の業務従事が全く自由な状況下にあつたことの証左である。
このようなことからすると、原告には訴外会社からの仕事の依頼、業務従事の指示に対する諾否の自由があつたというべきである。
2 原告は、一定量以上の鉱石を採掘するという条件で就業するにあたり、出退勤時あるいは就業時間の拘束がなかつたばかりでなく、就業するか否か自体についても何ら拘束を受けることはなかつた。
なお、原告は本件現場で就業していたものであるが、これは訴外会社の指示による勤務場所の拘束というものではなく、原告が訴外会社から本件現場を任されていたことによるものである。
3 原告は、訴外会社から本件現場を任され、毎月一定量以上の鉱石を採掘する作業に従事したものであり、採掘の方法、これに必要な労働者の員数、労働時間、仕事の工面、指揮監督等は原告の裁量に任されており、訴外会社から原告に対して業務の内容やその遂行方法についての指揮監督はなされていなかつた。
4 前記のとおり、原告が受ける報酬は、毎月一定量のけい石を採掘することを条件として、原告及びそのグループ全体の採掘量に基づいて支払われるものであつて、最低支払額の保障という性質のものではなかつた。また、原告については、実際の就業日数とは無関係にその配分額が定められていたのである。そうであれば、右報酬は一定の時間の労働の提供に対し当該労働の成果とは直接かかわりなく、しかも一定額の保障の下に支払われるという労働の対償としての賃金とは基本的に異なるものというべきである。
第三証拠 <略>
理由
一 請求原因1(原処分の存在)及び同2(審査請求等の経過)については、当事者間に争いがない。
二 本件処分は、要するに原告は訴外会社の労働者ではないとして、労災法による休業補償給付を支給しないというものである。
そこで、原告が訴外会社において労災法の適用を受くべき労働者であつたか否かについて検討する。
1 <証拠略>によれば、以下の事実が認められ、この認定に反する<証拠略>の各記載部分は採用しないし、その他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 原告は、中学校卒業後、昭和三〇年ころから隧道工事や坑内での鉱石採掘作業等に従事するようになり、一現場に数か月から二、三年の期間就労しては、他の作業現場に移るということを繰り返しながら、全国各地の作業現場で稼働し、昭和三七、八年ころには特に難度の高い立坑掘り(隧道、坑道等の通気口等を掘り上げること)の技術を修得し、さらに昭和四五年には金属鉱山等保安規則三条一項五号の四所定の作業(発破に関する作業)の資格を取得したが、昭和五〇年一月に株式会社薬師寺建設願寺山鉱山の作業現場を離れてからしばらく職に就かず、昭和五二年五月二五日には振動病と認定され、それ以後、本件現場で稼働するまでは、これによる休業補償給付を受けながら生活していたものである。
(二) 昭和五四年六月ころ、原告は振動病の治療のために通院していた病院において、以前作業現場で知り合い同じ病院に通院していた訴外会社(大分市所在)社長の城井から、「会社を作り津久見の四浦でけい石の採掘作業をしているが、元請会社の東裕鉱業からもう少し余計に採掘してくれと言われている。現在の従業員数では足りないので何とか働き手を探してくれないか。」という旨の申出を受け、これを了承した。
そこで原告は、まず城井の案内で本件現場に赴き現場の状況を見たところ、仕事のできる自信がついたので、城井に対して自ら働く意思のあることを告げるとともに、原告の弟の神谷淳(以下、「淳」という。)、昭和三〇年ころから約一〇年間一緒に仕事をしたことのある松尾孝道(以下、「松尾」という。)及び昭和五〇年ころ一度同じ土建業の現場で一緒に仕事をしたことのある尾中覚(以下、「尾中」という。)に声をかけて、本件現場でのけい石採掘の仕事について求人のあることを紹介した。
(三) 同年八月下旬ころ、城井、訴外会社の従業員で本件現場事務所に責任者として派遣されていた後藤和一、原告、松尾、松尾が連れてきた同人の知人の竹田信雄(以下、「竹田」という。)尾中及び淳が原告方に集まり、その際城井は原告らに対し、仕事の具体的内容、就労条件について
(1) 仕事は本件現場でけい石採掘作業に従事することであるが、報酬は、けい石の鉱脈を高さ四メートル幅四メートルで一メートル掘り進むごとに金三万二〇〇〇円とする出来高払いで、これを毎月就業日数に比例して各人に支払う。
但し、原告は立坑堀り等の技術を修得し、発破作業等の資格を有していることから最高の就業日数の者と同一の日数の就業があつたものとして扱う。
(2) 機械の故障等により採掘作業のできない日は、常傭と呼ばれる就業形態で訴外会社の元請会社の東裕鉱業の指示に従つて同社の仕事をすることとし、その場合には訴外会社から一人あたり一日金八五〇〇円の報酬を支払う。
(3) 出勤時間は午前七時三〇分、退勤時間は午後四時三〇分とし、日曜日は休みとする。
(4) 注文主の耐火れんが業者から毎月一定量のけい石の注文を受けているので、その量を採掘してもらいたい。
という内容の説明をし、さらに原告に対しては、振動病の治療を受けているのだから、坑内で機械を使つて作業しないようにという注意をするとともに、現場を責任をもつて頼む旨の依頼をした。
(四) 原告、松尾、竹田、尾中及び淳の五名は、いずれも右説明を聞いた後、右説明された条件の下で本件現場において働くことを決め、訴外会社に個別的に採用され、昭和五四年九月一四日から本件現場で就業を開始した。
(五) 本件現場での作業内容は、削岩機で岩盤に穴を掘り、これに火薬をつめて発破をかけ、(発破作業に関する資格は右五名のうち原告のみが有していた。)粉砕されたけい石をブルドーザーを用いてトラツクに乗せ、これを搬出するということが中心であつたが、原告ら前記五名の者は一つのグループを形成し、以前から訴外会社の従業員として本件現場で働いていた者達とは別の坑道で、右一連の作業をした。
振動病に罹患していた原告は、本件現場で就業を開始する前に労働基準監督署の担当者や城井から、振動作業や無理な重労働をしないようにとの指導を受けていたことから、削岩機の使用をすることは少なかつたが、その他の作業は他の者と同じようにしていたし、また原告にしかできなかつた通気口としての立坑掘りの作業も行つていた。
(六) これらの作業の内容、方法等に関する具体的な指示やグループ内での仕事の分担の決定などは主として原告が行つていたが、訴外会社も城井が一月に三回程度一泊二日の日程で大分市から本件現場に赴き、あるいは前記後藤和一を通じて、就業者らに対し作業の内容、方法に関する具体的な指示や安全教育を行つていたほか、城井が原告の自宅に電話をしたり、原告を訴外会社に呼び寄せたりして、原告に対して作業方針等の指示をしていたものであり、原告はこの指示された作業方針に基づいて他の就業者に対して具体的な作業指示等を行つていた。
(七) 本件現場での採掘作業にはブルドーザー、トラツク、削岩機、コンプレツサー等の機械が使用されたが、これらの機械は一部元請会社の東裕鉱業所有のものもあつたがその他はすべて訴外会社の所有であり、原告ら就業者が作業のために現場に持ち込んだ機械類は何一つなかつた。
(八) 機械の故障等により坑内作業ができない日や東裕鉱業の依頼のあつた時には、原告ら就業者は、前記常傭として、訴外会社の指示により、東裕鉱業の指揮監督下で、本件現場への取付道路の工事、雨水を溜める設備の工事、作業機械の修理などの仕事に従事した。原告は、前示のとおり重労働をしないようにとの指導を受けていたことから、これらの仕事のうち道路工事には従事しなかつたが、その他の仕事には他の就業者と同様に従事していた。
(九) 就業者らの報酬の算定の基礎となる出来高は毎月一回原告ら就業者全員と東裕鉱業の担当者が立会つて計測し、各人の就業日数の確認、記録は当初松尾が行つていたが、同人が退職した昭和五五年八月以降は主として原告が行つていた。
訴外会社ではこれらの資料に基づいて各人の報酬計算をし、所得税の源泉徴収をしたうえ、当初の数か月は城井が現場に赴き、本来の作業分(出来高、就業日数)と常備分とが区別されて記載された給料明細書とともに当月分の給料を各人に手渡し、その後は各人分の給料を各人ごとの銀行口座に振り込み、給料明細書は各人に郵送していた。
(一〇) 原告は、振動病治療のため、毎週一日は病院に通い出勤しなかつたし、その他毎月数日は休養する目的で出勤しなかつたので、原告の就業期間中を通じて毎月の就業日数は一四、五日前後であつたが、原告がこれら以外の理由で就業しなかつたことはほとんどなく、欠勤した日に他の職場で働くことも全くなかつた。
このように原告の毎月の就業日数は一四、五日前後であつたが、前示のとおり原告は最高の就業日数の者と同一の日数の就業があつたものとして扱われ、この就業日数を基礎にして他の就業者と同様の方法で算定された金額に、就業して数か月経過してからは技術料として毎月金一五万円前後の金員の上乗せされた金額の報酬を受け取つていた。
(一一) 原告は、右のとおり就業しない日もあつたが、就業した日はほとんど他の就業者と一緒に共同購入した自家用のマイクロバスに乗つて出勤し、午前七時三〇分から勤務を開始し、他の就業者と一緒に退勤し、右マイクロバスに乗つて帰宅した。退勤時間は、当日の作業予定の終了時如何によつて、早く退勤することも遅くなることもあつたが、概ね午後四時半前後であつた。
(一二) 原告は昭和五五年一二月に、本件現場での就業を辞め、報酬もその時以後は支給されなくなつたが、本件現場での作業は残つた尾中、淳や訴外会社が新しく採用した者達によつて続けられた。
(一三) 松尾及び竹田は訴外会社の労働者であると認定され、訴外会社を最終職場とする労災休業補償給付等の支給決定を受けた。
2 以上の認定事実に基づき、以下検討を加える。
労災法の適用を受くべき労働者の意義については、同法に明文の規定は存しないが、労働基準法に規定する労働者と同一のものをいうと解される。そして、同法九条では、「労働者とは、職業の種類を問わず、(同法の適用を受ける事業に)使用される者で、賃金を支払われる者をいう。」と定義されている。右の「使用される者」とは、支配従属関係の下で労務を提供する者と解され、「賃金」については同法一一条で「労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。」とされているから、結局労災法の適用を受くべき労働者にあたるか否かは、その者が使用者との支配従属関係の下に労務を提供し、その対償として使用者から報酬の支払を受けている者であるかどうかによつて決すべきことになる。
これを本件についてみるに、前記認定のとおり、原告は自ら一定の作業に従事するほか、同じグループで働いていた他の就業者に対して具体的な作業指示をするなど現場責任者的立場にあつたものではあるが、原告が現場責任者としての仕事をすることは訴外会社から命ぜられた原告の職務内容の一つであり、しかも原告の完全な裁量により作業指示等をしていたというものではなく、訴外会社から指示された作業方針に基づいて、これを行つていたものであるから、原告が他の就業者に対して具体的な作業指示等をしていたからといつて原告がその業務を遂行するにあたり訴外会社の指揮命令に服さない独立した立場にあつたということはできない。
むしろ、原告及び他の就業者はそれぞれ訴外会社と直接の契約関係に立つていたこと、原告らの報酬は出来高払いであつたが(報酬が出来高払いという一事をもつて、その労務供給形態が請負であつて労働契約ではないということを基礎づけることはできない。)、報酬額は出来高と就業日数により各人ごとに(原告については最高の就業日数の者と同一の日数として)客観的に定まつていたこと、報酬は訴外会社がその額を計算して直接各人に支払われていたことからすると、原告一人が原告らのグループの損益計算の主体となつたり、出来高が僅少の場合の危険を負担したりするという立場にあつたものではなく、このことに、本件現場での作業に用いた機械類はすべて訴外会社あるいは東裕鉱業の所有であり、原告らが持ち込んだものは何一つなかつたこと、原告が退職した後も他の就業者らで作業が続けられたことを併せ考えると原告の立場には独立の事業者としての性格はなかつたというべきであり、さらに訴外会社は社長の城井が一月に三回位現場に赴くなどして原告らの作業に対して具体的な指示を与えていたこと、原告は他の就業者とともに本来予定されたけい石採掘作業の業務以外に、訴外会社の指示により、東裕鉱業の指揮監督下に作業機械の修理等の作業にも従事していたこと、勤務時間は午前七時半から午後四時半までと決められ、原告はその就業期間中ほぼその勤務時間どおり勤務していたし、勤務場所も本件現場と指定されていたこと、原告はその就業期間中本件現場以外の職場で就業することは全くなかつたことをも考えると、原告は使用者たる訴外会社との支配従属関係の下で労務を提供していた者であるというべきである。
もつとも、原告の報酬は、原告自身の就業日数ではなく、原告らのグループの就業者のうち最高日数就業した者の日数を基礎に算定されていたのであるから、原告の報酬には一定時間労務を提供していることに対する対価であるという面が他の就業者に比べて希薄であつたことは否定できず、また就業するか否かについての拘束性も他の就業者に比較して希薄であつたことも否定できない。
しかしながら、訴外会社が原告についてのみこのような取扱いをしたのは、原告だけが発破作業に関する資格を有していたうえ、原告が他の就業者に比較して隧道工事や鉱山作業の経験が豊富でその技術や鉱石を選別する能力にも優れていて、原告に現場責任者としての仕事を命じたことによるものであり、しかも訴外会社社長の城井は、原告が振動病に罹患し通院治療を受けていることを知つており、このことからすると城井は原告が通院や休養のため就業しない日のあることを認識、予見していたものと考えられる。そうだとすると、訴外会社は、原告の就業日数が他の就業者より当然一定日数少なくなることを認識、予見しながら、その少ない就業日数でも原告の資格、経験、技術等に照らすと最高の就業日数の者と同一の報酬を支払うに価すると考えたからこそ、右のような報酬算定方法を採用したものと考えられる。しかも、原告は毎週一回の通院治療及び一月に数日の休養以外の理由で就業しないことはほとんどなく、その就業期間中毎月一四、五日前後就業していた。そしてこれらのことに、原告の報酬額が前示のとおり一定の基準で客観的に定まり、他の就業者に比較して著しく高額というものでもなかつたことを併せ考えると、右報酬は豊富な経験、優れた技術を有する原告が一定時間労務を提供することの対価であつたというべきであり、原告の毎月の就業日数、勤務時間等前示の就業態様を考えると、就業するか否かについての拘束性も否定されるものではない。
以上の諸点に加え、原告らのグループの就業者のうち、松尾及び竹田は訴外会社の労働者と認定され、訴外会社を最終職場とする労災休業補償給付等の支給を受けていることを考え併せれば、原告は訴外会社において労災法の適用を受くべき労働者であつたと認めるのが相当である(なお、<証拠略>によれば、訴外会社を最終職場とした場合、原告が支給を受ける労災休業補償給付は月額金五六万五三八〇円となることが認められるが、この金額は松尾の受給月額(保険給付額)金四二万三九〇〇円―<証拠略>によりこれを認める―に対比しても、原告の前記就業態様に照らせば、労災法の制度趣旨に反するほど著しく高額なものとはいえない。)
3 してみると、訴外会社が原告の労働者としての最終粉じん職場であるとは認定できないという理由で、被告が原告に対してなした本件処分は違法であるというべきである。
なお、原告は昭和五六年一二月一七日に、本件現場で就業する以前に就業していた株式会社薬師寺建設を最終粉じん職場とする前記疾病に基づく労災休業補償給付の支給決定を受けこれを受領していたものであるが、訴外会社を最終職場とする労災休業補償給付の要件が存する以上、右支給決定の存在は原告が訴外会社を最終職場とする労災休業補償給付の支給を請求するうえで障害になるということはできず、このことからすると、本件訴えの利益についても欠ける点は存しないというべきである。
三 よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 柴田和夫 岡部喜代子 本多俊雄)